西暦1世紀初期にナイジェリアのノク人によって作成されたテラコッタ製の座像。
祖先と思われるモデルの男性は裸で、体を曲げお尻を椅子に付けた状態で座っています。背中には脊椎を表す深いしわが刻まれ、首には太い首輪、腰にはベルト、手足にはバングルをかたどった彫刻が施されています。左腕は右腕の上に、右手は頬の上に置かれ、物思いに沈んでいる様子が描かれています。気品があふれる長い顔は、大きく開かれた目、細い鼻、形よくかたどられた唇の厚い口によって彩られています。顎の先に施された顎ひげの先端部分に破損があります。
古代ノク人が残した工芸品は、エジプトを除くアフリカで見られる最も古い彫像の1つです。ノク人の存在は1940年代の遺跡調査で明らかにされるまで知られていなかったため、その風習や文化についてはまったく知られていません。一方で最近の発見からは、その文明の規模と芸術様式の統一性を垣間見ることができます。かなり後に登場するアフリカの黒人芸術と同様に、頭部を強調したデザインを特徴とし、瞳孔、鼻孔及び耳はすべて穴で描かれています。頭頂部にかたどられた4つの団子状のまとめ髪と腰に沿って垂れる三つ編みからなるこの作品の女性の髪には、精巧な彫刻が施されています。また、宝飾品や衣装にも細心の注意が払われ、手首は腕輪で覆われています。腹部及び背中を覆う布は首と腰の部分で絞られています。完璧な円筒状の形状は、見る人に木彫りや象牙の彫刻の美しさを思わせます。このたぐいまれな彫像には、永い間眠り続けてきた偉大な文化の叫びがこだましています。
紀元前900年から西暦200年に栄えた鉄器時代の文明であるノク文化は、サハラ以南のアフリカ地域最古の精巧な彫像の一部を生み出した文化として知られています。ペンダントから原寸大の像まで、様々な大きさのテラコッタ像が作成されました。当時の呼称が不明だったため、1928年に最初の土偶が出土したスズ鉱山の村「ノク」にちなんで命名されました。考古学的な工芸品は、ナイジャー川とベヌエ側の合流地点からジョスの断崖以南に至るまでのナイジェリア全土から出土しており、その文化的な影響の規模を物語っています。ノク様式と初期のヨルバ様式には類似性が見られるため、現代のヨルバ人のノク文化とのつながりも指摘されています。少なくても、今日のアフリカ黒人芸術に見られる様式的傾向の一部には、明らかにノク文化の特徴が引き継がれています。
ノクの工芸品は、その驚くべき芸術性と時代背景から、アフリカ大陸で最も重要な工芸品として知られており、芸術品としてだけでなく、アフリカ文化系統学の資料としても重要視されています。現在のところ、ノク文化に関する知識は比較的限られていますが、紀元前900年から西暦200年に栄えたといわれるノク文化に見られる芸術的伝統は、実は鉄器時代の様々な農村社会によって共有されていたため、厳密には誤った表現だといわれています。その一方で、ノクの工芸品が、エジプト以外の初期アフリカ芸術で最も洗練され様式化された美術品であることに間違いはありません。切削によりモデルを忠実にかたどるという、非常に珍しい技法が用いられています。芸術的には、特徴的な細長い形状、三角形の目、穴で表現された瞳孔と鼻孔、凝った髪型に見られるように、自然主義と表現主義の両方の要素が見られます。
ノク文化の下位様式には、Jemaa様式、Katsina Ala様式(細長い頭部)及びSokoto様式(1本につながった眉毛、細長い額、険しい表情)のほか、クチャンファの胸像(通常の大きさの頭部を持つシンプルな円筒状の胸像)やJemaa様式に共通する3次元の立像などの特殊な芸術作品が含まれます。この作品は、Katsina Ala様式に属すると思われます。用途は不明ですが、その精巧な作りから、貴族または敬意や犠牲の対象となった祖先をかたどったものだという説もあります。
上記の通りノク文化の工芸品の用途は確認されていませんが、大きな土偶は、当時の地域社会で重要な社会的意味を有していた儀式用の建造物に置かれていたと考えられています。小さな作品は、恐らく個人的または家庭用のお守りや守護神として使われていたと思われますが、モデルの正体については推測に頼らざるをえないのが現状です。男性、女性及び想像上の人物などあらゆる人の土偶が作られていました。首長などの重要人物がモデルであった可能性もあります。強烈な性的特徴には、生殖能力やそれに附随する繁栄(農業での成功など)への願いが込められているという説もあります。想像上の人物をかたどった彫像は、精霊、神話に登場する人物、シャーマンなどを表していると思われます。この作品で描かれている男性の風貌からは、権威と名声をうかがい知ることができます。作成時期から推測するに、この人物は首長や部族の祖先など、戦いや指導者の地位に関連する重要人物であった可能性があります。少なくてもモデルが身につけている衣服やスツールからは、この人物の地位の高さがうかがい知れます。モデルの正体が誰であれ、この作品のが世界に通用する古代芸術作品であることには変わりはないのです。
参考文献:Joseph F. Jemkur and aliis, The Nok culture, art in the Nigeria 2.500 years ago, 2006 / Bernard de Grunne, The birth of Art in Black Africa, Nok statuary in Nigeria, 1998.