この陶器は、「クース」と呼ばれるオイノコエの中でも非常に珍しい形状を持つ陶器で、特にこれだけ大きなものはなかなか出土しません。
マルチーズと踊りながら遊ぶ二人の陽気な若者(Ephebes)の姿が描かれています。左側の裸の若者は、月桂冠をかぶり、肩にマントを掛け、右手にはたいまつ、左手にはクース(杯)を持っています。右側の男性も同じような服装で、右手にはクース(杯)、左手には果物が盛られた皿を持っています。二人の若者の頭上にはブドウのつるが描かれ、頸部の根元部分のアクセントになっています。 オイノコエ(oinochoe,οινοχόη)とは、クラテール(かめ)からコップにワインを移すために使われた壺のことです。
この形状は、アンテステリオン月(1~2月)の11日目から13日目にかけて毎年3日間開かれていたアンテステリア祭と呼ばれるワインの成熟を祝うためのディオニューシア祭に関連しています。 この「クース」と呼ばれる特別な形状のオイノコエは、ワインの神であるディオニューソスを祝うために3日間にわたって行われた宗教祭で使用されていました。具体的には、祭りの2日目に開かれていたワイン飲み競争で、定められた量のワインを入れるための容器としてこのクースが使われていました。 この祭りでは子どもが大きな役割を果たしていたため、子どもが描かれたクースは多数あります。このクースがそうした祭りで実際に使用された物かどうかは不明ですが、その形状や題材(小さな犬を連れてリラを演奏する若者)はアンテステリア祭を思い起こさせます。 こうした壺は、アンテステリア祭で子どもへの贈り物として使われていました。また、未婚の女児の墓に婚礼の壺を埋めるのと同じように、祭りで壺を受け取ることなく亡くなってしまった幼い子どもの墓にこうした壺を埋葬することもありました。
- 参考文献 Richard Hamilton, Choes and Anthesteria, Athenian Iconography and Ritual, 1992