サマバンガに立つ4本の腕を持つ観音菩薩をかたどった像。
冠に祭られた蓮の葉の上で瞑想する阿弥陀如来の小像は、観音菩薩自身と同一人物である可能性があります。
菩薩は、ネックレス、腕輪、円錐形の冠および前面がサッシュになった豪華なサンポットを身に付け、顔には穏やかな表情、額には三つ目の目が描かれ、長い耳たぶはペンデロークで飾られています。4つの腕は胴体を中心に放射状に配置され、上部の手には念珠(Aksamala)と経巻(Pustaka)が握られ、下部の2本の手はなくなっていますが、以前は蓮(Padma)と水壺(Kalasha)が握られていました。
アンコールの寺院や遺跡として今日でもその姿を残しているクメール文明は、人類史上最も驚くべき建築的偉業と世界最大の宗教的建造物を生み出したことで知られる、西暦802年~1431年にかけて繁栄した文明です。
クメール王朝の王たちは、アンコールの要塞を拠点に、南は現在の南ベトナムから中国雲南省まで、西はベトナムからベンガル湾までに及ぶ広大な領土を支配していました。ヒンドゥー教の宇宙論に基づく世界の中心に立つ山を象徴する丘に立つ寺院プノン・バケンを取り囲むように都市が建設されたのが、この文明の始まりとされています。その後歴代の王により都市が拡大され、ヒンドゥー教のさまざまな神を祭るその他の寺院や灌漑用の大きな貯水池が次々と造られていきました。こうした貯水池は、都市の中心に立つ神聖な山を取り囲む大洋を象徴していました。アンコールの寺院址の中でも最も有名なのが、クメール王朝の王スーリヤヴァルマン2世(在位1113~1150)により建設されたアンコール・ワットです。 観世音菩薩をかたどったこの美しいブロンズ像のような仏教美術には、仏教という非常に複雑な宗教の発達段階の極めて初期に関連する象徴的要素が含まれている場合が多くあります。自然界の要素は、インドの初期の宗教で欠くことのできない要素として扱われていました。仏教は、自然界の精霊を含む自然界に対する大衆信仰とこうした起源とが結び付いて発達したものと考えられています。仏教はアジア全域へと広がっていった一方で、12~13世紀のカンボジア・クメール文化ほどその精神性を芸術的に表現した時代はありません。このブロンズ像には、クメール文化固有の芸術的技巧が施されています。大胆な形状を持ちながら、細かな描写は非常に精巧に作られています。
参考資料 Pierre Baptiste, Thierry:Zephir,L'Art khmer dans les collections du musee Guimet, Paris,2008,no73